オナ禁の効果は本当にあるのか

「振り返ると、想定より順調に続けられてる。一番喜んでるのは、たぶん妻だ」
ポルノを100日断ったあるユーザーが、QuitMate に書き残していた言葉だ。
オナ禁の効果として、本人がまず挙げたのが「妻が一番喜んでいる」。テストステロンでも筋肉でも超集中力でもなかった。意外なところに、本物の効果は出るらしい。
ネット記事と、続けた人が書いている話は違う
オナ禁を調べると、最初に出てくるのは「テストステロン爆上がり」「フェロモンでモテる」「集中力がゾーン入り」みたいな派手な記事だ。次に「全部嘘、疑似科学」と切り捨てる記事も出てくる。
どっちも、実際に続けた人が書いていることとはズレている。
テストステロンの話は、ほぼ片付いている
「7日間禁欲するとテストステロンが約145%上がる」。
オナ禁を調べると必ず目にする数字だ。出典は2003年の中国の論文だが、出版誌が2021年にこの論文を撤回している。仮にデータ通り上がるとしても、上がるのは7日目だけで、8日目以降は元に戻る。継続して上がり続けるわけではない。
経緯と、なぜこの数字がネットで生き残っているかはオナ禁でテストステロンが増えるという幻想に書いた。
フェロモンと超集中力と筋肉、ほぼ誇張
「オナ禁するとモテる」は NoFap コミュニティの定番だが、そもそもヒトのフェロモンの存在自体、科学的には確立されていない。モテるようになったと感じる人がいるのは否定しない。ただそれは、自信が出た、外出が増えた、身だしなみに気をつかうようになった、といった行動の変化で十分説明がつく。
集中力アップ系も、似たような話だ。ドーパミン感度の回復で多少戻ることはあっても、ネットで言われるほどじゃない。
「筋肉がつく」もテストステロンの一過性スパイクを根拠にしているが、一時的な数値の変動で筋肥大が起きるほど人体は単純じゃない。筋肉をつけたいなら筋トレと栄養と睡眠の方が確実だ。
派手な効果を期待してオナ禁を始めると、まず続かない。
本丸は、ドーパミン感度のほう
じゃあ何が残るのか。科学的には、ここが本丸だ。
ドーパミンは「快楽物質」と言われがちだが、正確には「もっと欲しい」という衝動を作る物質だ。「気持ちいい」とは別の役割で、「もう一回」を引き起こす。
インターネットポルノは、無限のコンテンツに次々アクセスできる構造で、この「もっと欲しい」を際限なく刺激する。脳は過剰な刺激を「異常」と判断して感度を下げる。
感度が下がると、日常の小さな楽しみが薄れる。散歩、読書、人との会話。なんとなく毎日が灰色に見える。
オナ禁、特にポルノ断ちで、この感度が徐々に戻る。続けた人が書く変化は派手じゃない。日常の小さなことが、また少しずつ面白く感じられるようになる。
ただ、このメカニズムを直接測定した大規模研究はまだ少ない。依存症一般の回復で同じ現象が報告されているから、理屈としては筋が通る、というレベルの話ではある。
ポルノを断つのと、射精をしないのは、別の話
「オナ禁」という一語は、実は二つの違う話を混ぜている。
- ポルノ視聴をやめる
- 射精を一切しない
科学的にはまったく別のメカニズムだ。
2014年のケンブリッジ大学の研究では、強迫的な性行動に困っている人と、そうでない人にポルノを見せ、脳の活動を比較した。薬物依存者が薬物を見たときに反応する脳の領域が、前者ではポルノを見たときに同じように反応していた。 脳のレベルで、ポルノへの強迫的な反応はコカインやアルコールへの反応と似た構造をしていることになる。
効果の中身を持っているのは「ポルノ断ち」のほうだ。射精そのものを止めることに、回復のメカニズムが直接かかっているわけじゃない。
自分が断ちたいのはポルノなのか、行為そのものなのか、最初に分けて考えてみるといい。
1ヶ月やっても何もない、という声
「自分は1ヶ月やったけど何も変わらなかった」という反応もある。
これも普通だ。ネットの「劇的ビフォーアフター」は少数派で、大多数の人の変化は地味だ。
それから、もともとポルノの視聴頻度が低かった人は、やめても変化が小さい。当たり前の話で、ダメージが小さい人は回復で取り戻すものも小さい。
「やめなきゃ」という罪悪感だけが先にあって、実際の行動には依存的なパターンがない、というケースもある。この場合は何日続けても「依存からの回復」は起きようがない。
71日続けたあるユーザーが、こう書いていた。
モチベーションが下がった時が、一番危ない。一日に何度も、自分の気持ちを確認する。
派手な効果に賭けるより、自分の調子を毎日見るほうが続く。
100日以降の変化は、家族の話が多い
冒頭の引用に戻る。100日続けたユーザーが「一番喜んでるのは、たぶん妻だ」と書いていた。これは特別珍しいことじゃない。
153日続けた別のユーザーは、こう記録していた。
昔の俺は、家族の小さな動きに気付けなかった。ポルノをやめると、家の中のやり取りが、ちゃんと見える。
201日続けた人は「愛の感度は、禁欲の積み重ねで戻ってくる」と書いていた。
派手な「スーパーパワー」じゃない。家族の表情が読めるようになる、誰かの小さな喜びが嬉しいと感じる、という日常感覚の回復。これが、続けた人の記録に一番よく出てくる変化だ。
そして本人より、たぶん家族のほうが先に気付く。
参考文献
- Park, B. Y., Wilson, G., Berger, J., Christman, M., Reina, B., Bishop, F., Klam, W. P., & Doan, A. P. (2016). Is Internet Pornography Causing Sexual Dysfunctions? A Review with Clinical Reports. Behavioral Sciences, 6(3), 17.
- Voon, V., Mole, T. B., Banca, P., Porter, L., Morris, L., Mitchell, S., Lapa, T. R., Karr, J., Harrison, N. A., Potenza, M. N., & Irvine, M. (2014). Neural correlates of sexual cue reactivity in individuals with and without compulsive sexual behaviours. PLOS ONE, 9(7), e102419.
- Jiang, M., Xin, J., Zou, Q., & Shen, J. W. (2003). A research on the relationship between ejaculation and serum testosterone level in men. Journal of Zhejiang University-Science A, 4(2), 236-240. (2021年12月に撤回 / Retracted)
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オナ禁でテストステロンが増えるという幻想
r/NoFap は2011年、中国の論文をきっかけにあるウェブ開発者が立ち上げた。論文は10年後の2021年に撤回されたが、「7日禁欲でテストステロンが +145.7%」というフレーズだけが論文から切り離されてネット上を回り続けている。テストステロンを上げることよりも、勃起不全にならないこと、依存的なパターンに陥らないことの方が、ずっと切実な問題だ。
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